Lime's Blog

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汚れた血 レオス・カラックス監督の世界観を堪能しよう

汚れた血 (字幕版)

あらすじと感想

愛のないセックスをすると高い確率で死んでしまうウイルスが蔓延していて、しかもハレー彗星が接近しているため夜でも暑いという複合災害にみまわれた未来のパリが舞台。

コロナ禍のような飛沫感染ではないから、マスクをする必要もないし手指をアルコールで消毒する必要もない。

要は愛のないセックスをしないように心がけていれば良い。そんな前提の中、主人公のアレックスは彼女とイチャイチャしたり、別れてみたり、街でフイっと出くわした白いドレスの女に心奪われてみたり、仕事先で出会った彼氏のいる女に横恋慕してみたり、これでもかと恋愛の渦に巻き込まれていく。

そのうち主人公が誰かと愛のないセックスをして感染し、死んでしまうのかと思いきや最後はあっけなくアメリカ女の手下に撃たれて死んでしまう。(結局死ぬ)

あえてウイルス関係でストーリーの軸を追ってみると、ウィルキンソンという会社がウイルスを持っているので、それを盗んで、ワクチンを作る会社などに売って儲けようという闇の組織に主人公が巻き込まれていくお話。この辺り、分かりにくいのだが「ワクチン」を盗むのではなく、「ウイルス」を盗む話なのね。

ウイルスを盗むには手先の器用な人が必要なので、主人公アレックスが選ばれた。アレックスはウイルスを盗んだ後、警察に追われるが無事逃げ切ってウイルスを盗み出すことに成功。しかしアメリカ女の手下に撃たれて絶命する。

軸のストーリーはこんな感じなのだが、それについての話は映画の中のほんの少しであって大部分は恋愛中心の物語だ。

だってウィルキンソン社への侵入についての作戦とか、侵入場面とかの描写が全然ないんだもの。 闇組織の上役のハリスは、侵入する前にスーツを着て(胸ポッケにはネッカチーフ)、ヘアセットもバッチリでそれを自慢げに披露してる姿を見た時は、さすがオシャレに気を配るフランスの映画だなぁと思った。

ウイルスを盗むというミッションなんだから、アメリカなら戦闘服みたいなの着て手袋とかガッと嵌める場面だよね。 (ハリスはアレックスがウイルスを盗んでる時もヘアセットが気になってたし…さすがオシャレの国フランスだなぁ。)

いよいよウィルキンソン社へ車で向かって到着したと思ったら、もう次の場面でフラスコに入った液体(分かりやすい笑)が映されるんだもの。

一体どうやって侵入したんだか。赤外線センサーらしきものがフラスコに向かっていくつか当てられているのだが、アレックスがどのように盗んだのかがよくわからない。

フラスコの前に彼が立って背中越しの描写で何かゴソゴソやってると思ったら、次の場面でもうフラスコ持ってるし。手先の器用さがどのようだったのか皆目わからない。

前半の伏線を後半で回収しているようないないような。

パラシュート訓練もそんな感じだね。

ウイルスを盗んだ後のスイスへの高飛び用にパラシュート訓練を行うのだが、もともとアレックスが死んでしまう台本なのだから必要なかったんじゃないのかとさえ思う。

パラシュート訓練までしたのに、アレックスがその直前で亡くなってしまったから、そこに切ない感じを演出してるのかとも思うが、訓練中に美しい女アンナを助けに行って気絶してる彼女の首元に顔寄せる(チューしてる?)ところが印象深かったので、むしろ監督はものすごくそこを描きたかったんじゃないかなあと思う。

軸のストーリー、伏線回収とかよりもこの映画は美少女アンナを中心とした恋愛がむしろ鮮やかに描かれていると思う。黒い背景に原色の赤や青の服を着た彼女が、首を傾げたり、伏せ目になったり、こっちを向いてフゥ〜っと息を吹きかけたりする仕草がジックリとカメラに収められている。彼女に惹かれた男性が見たらイチコロなんじゃないかしら。

そんな彼女に恋をしてしまったアレックスが、思いが届かない虚しさを払うように夜のストリートを疾走していくのがあの有名な場面だ。

カメラが人物を追って背景が動いていくドリーショットと呼ばれる撮影。デヴィッド・ボウイの「モダン・ラブ」に乗って主人公アレックスがまるでバレリーナのような軽やかさでステップを踏んでいくのだ。

背景も暗めでセリフも落ち着いた(押し殺した?)感じの中で、このドリーショット&モダン・ラブのシーンを見るとこれまでの鬱屈さが解放されて爽快感さえ味わえる。何度も見てしまうシーンだ。

私は個人的には日本のスーパーマリオを連想する。マリオがクッパに囚われたピーチ姫を救いに画面を横スクロールしていく時のゲーマーのあの思いに似た感覚だ。もちろんフランス人の感覚とはちょっと違うだろうけれども。

そんな切ないアレックスの恋心が伝わったような気がするのが、ラストショットだ。

撃たれて死んだアレックスの体から流れた血を手で拭って自分の頬に当てるアンナ。愛おしそうにさする。そして顔に血がついたまま彼女は高飛びしようとした滑走路で両手を広げて疾走するのだ。アレックスと一緒に高飛びをしている気分なのだろうか。アンナのアレックスを気遣う優しさを感じたシーンだ。

ただ、彼女が彼氏マルクよりもアレックスを愛したかどうか…はわからない。物語はそこで終わっているから。

冒頭のセリフ「彼は彼女の気持ちを尋ねた。返事はどっちつかず、男女のやりとりだ。」を思い起こさせる。

男女の愛に関しての描写、セリフはとても深く描かれていると思う。

セリフが詩的

「泣くな…涙を堪えろ…もう君の泣き顔は見たくない…もうおしまいだ…もう充分生きたと言える日がいつか…」

アレックスが死ぬ時もセリフが詩的。銃で撃たれて血が出てて、だいぶ時間が経ってるのに詩的に、あくまでも詩的に。

映像が絵画的

謎の白いワンピースの女、アンナの赤い服、青い服…黒い背景にひときわ目立つ。冒頭の地下鉄も白い壁に青や赤。

ドリーショットでアレックスが疾走している時の背景になっている壁も時々、赤・青・白。

ウイルスの入っているフラスコも赤外線センサーで赤く光る。

赤、青、白…トリコロールだね。フランスの国旗。

細か過ぎて伝わらない?気になったところ

●たまにアレックスの横顔ショット

←横顔を静止画のように映す

←最初はビックリ、2回目は絵画的

●ハレー彗星…汚れた血公開年の1986年に実際にハレー彗星が来ている

←だから夜でも暑いという設定に使われているのだが、時々登場人物が上半身裸になってる(しかしおじさんだけ)

●電話の呼び出し音はプロコイエフの「ロミオとジュリエット」から「モンタギュー家とキャビュレット家」

←悲劇の愛の物語の伏線かな

●ワシントンからやって来たアメリカ女の名前は?

●白いワンピースの女…アンナ?かと思ったが、後半、車に乗るアンナのそばを白いワンピースの女が通り過ぎるので別人だとわかる。アレックスが愕然とする。

思わず笑ってしまったシーン

●アンナに対して少し冷たい態度をとるマルクに激怒したアレックスがマルクと取っ組み合う時の描写が独特

←取っ組み合いの流れで、ガラスに押し付けられた2人の変顔に笑わずにいられない

●パラシュート手配をしてくれるチャーリーとマルクの出会い頭の挨拶の仕方が独特

←お互い口に加えたタバコを取り合い、蹴っ飛ばし合う。その後は普通に接する。

●ワクチンを盗んだ現場に警察から電話がかかってくる。その電話に出るアレックス。

←現場に電話かけれるんかい!そしてその電話に出るんかい!とツッコミを抑えられなかった

●アレックスを追う警察官がメガネをかけずに畳んだメガネをいちいち目の前にかざして見る ←メガネかけろよ!

●アレックスがバイクで逃げるシーンが急に早送りみたいになったかと思ったらピストルを撃って警官の死んだアップのシーンという繋がりがおかし過ぎて笑う

●一仕事終えて車の中で陽気に歌いまくるフランス人御一行様

●アメリカ女の乗っている車との銃撃戦 ←ウインドー越しに撃たれてるのに無表情なアメリカ女 ←撃たれたボリスの白目剥いた顔そしてウインドーに挟まれる顔 ←観客を笑わせようとしてるしか考えられない

●ラストショット…アンナが両手を広げて駆けていくのだがカメラがだんだんブレてきてブレブレになって彼女がアニメみたいな画像になってしまうところ

●そしてそのまま映画が終わっていくところ

●監督ふざけてるだろ!

●あと、登場人物がタバコ吸い過ぎ!

まとめ

いろいろ突っ込みましたが、いい映画だった。

見直していく回数が増えるごとにワンシーンごとの愛着が湧く。

見れば見るほど無駄なシーンが無い。

いろいろ説明し過ぎないところが、かえって良いのかもしれないとさえ思える。

何回も見たくなる、私にとっては中毒性のある映画だった。

見て良かった。